秋風立つ

 

観測史上に残るような酷暑ばかりが記憶を塗り潰した夏は、
どんだけロスタイムがあったのだと言いたくなるほど、
それは長々と尾を引いた残暑をまとって、
九月の半ばを過ぎても居座り続けて。
関東のほうはまだ、熱帯夜は減ったからマシ。
関西なんて猛暑日が当たり前って感覚になっててねと、
帝黒の皆さんからのメールでも教えていただいた。

 『でも、あいつらじゃあ、そんなに堪えてないんじゃね?』
 『あははは…。』

高校生のアメフトリーグってのが始まったその第一歩からずっと、
王者の地位に君臨し続けただけはあってのこと。
とんでもないエリートばかりが集められての数百人いて、
そんな人たちを凌駕して立つ、
最頂点のメンツで構成されてたのが正レギュラーだっていうのだから。
どれほど人間離れしたメンバーばかりが揃っているものか…を思い出せば、
成程、モン太が少々目許を眇めた物言いになったのも頷けて。
途轍もないといや、ボクらだってとんでもない1年を過ごしたには違いなく。
元からいたメンバーはたったの3人というチーム。
しかもキッカーさんはずっと不在で、
後を埋めていたのは、
アメフト自体を始めたばかりだった、
初心者の寄せ集めもいいところだったのに。
そりゃあもうもう色んな試練を乗り越えて、
泣いたり笑ったり、つらかったり困ったり困ったりして。
その末にもぎ取った優勝だったんだものね。

 「なんで“困ったり”が2回なんだ。」
 「いや何てのか、そういう状況が一番多かったような…。」

泥門高校は三年生は部活から完全引退するのがセオリー。
なので、ボクたちを鍛え上げてくれた悪魔のような元キャプテンは、
受験生となった…のと並行して、
未だにボクらをビシバーシと鍛え続けてくれており。
試合には出なくなっても、
そのまま大学で続けるつもりなら連綿としたトレーニングは必要だし。
それより何より、
こっちを知り尽くしたチームが山ほどとなった
“ディフェンディング”のターンなだけに、
果敢な挑戦者だった頃とは勝手が違うあれこれへ、
振り回されないようにというフォローもしてくださっている、
ありがたいコーチ様たちなんではあるが。

 「それにつけても、暑い夏だったもんねぇ。」

新入生もいるにはいるが、
道具も要れば準備もたんと要りようなスポーツなだけに、
頭割りの当番制にしないと、練習自体が始められないため。
最高学年(といっても二年だが)の先達たちも、
道具の手入れを手伝うデビルバッツであったりし。
木陰に陣取り、泥や水があまりに染みてはないか、
1つ1つ確かめながらというボールのお手入れを手掛けていた、
セナとモン太という二人組へ、
不意なお声をかけて来た人があり。
はい?と肩越しに振り向けば、は〜いと片手を挙げての会釈を下さったのが、

 「あ…桜庭さん。」

距離的には賊徒学園に次いでご近所の王城高校所属、
アイドル業もボチボチと続けておいでの、
途轍もない長身なレシーバーさんが微笑っておいで。

 「来週、いきなり試合だってのに、余裕っすね。」
 「お、いきなり挑発戦かい?」

何たって、東京のレシーバー四天王の一角をなす二人ゆえ、
日頃は礼儀正しいモン太の言いように、微妙な牽制が入ったものの、

 「まあ、チーム数がこうも増えてはね。」

昨年の壮絶だった国内戦や、
本場アメリカで開催されたワールドシップなんてのが刺激になったか、
今年の高校アメフトは目覚ましくチーム数も増えたそのあおり。
優勝候補筆頭の王城ホワイトナイツだっていうのに、
他校とのシードは1戦分と同じながら、
日程上のハンデが1週分しか差がないところはちょっと大きい違いだったり。

 「土日や連休をフルに使うことで、試合会場を何とか押さえたもんだから、
  いきおい進行が1.5倍早まったらしいってね。」

試合数が多い大学リーグが、土日それぞれに試合を割り振っていたの、
高校アメフトでも応用しないと、
11月中にチャンピオンを決められない計算になっているのだそうで。
流行るのも善し悪しだよねぇなんて、苦笑をした桜庭さんなのへ、
こちらも苦笑を返したところで、

 「……で、よう…蛭魔はどこだか判る?」
 「あ、えっとぉ。」

練習が始まるちょっと前という時間帯。
午後の6限目が自習になったのでと
当番の仕事を前倒しで手掛けていた自分たちであり、

 「この制服姿であんまりウロウロしちゃ悪いかなと思ったんだけど。」
 「いや、今は構わないんじゃないかと。」

そろそろ来月の体育祭や文化祭への準備も始まる。
そんなせいか、構内は少しでも時間が空けばあちこちで大工仕事が始まったり、応援合戦の練習が始まったりなので、
ここの制服ではない恰好の存在がいてもあんまり目立たないとは思うのだけれど、

 「そんでも、テレビでお馴染みの糞アイドルじゃあ顔が指して仕方なかろが。」
 「あ…。」

肩の上へトレードマークの機関銃をかついだまんま、
クラブハウスの方向からのしのしやって来た痩躯は紛れもなく、

 「蛭魔さん。」
 「よかったぁ、すぐに見つかって。」

ふにゃりとお顔が緩んでしまうの、
馬鹿ヤロとぼそり叱咤したお声は、
きっとセナにしか拾えなかっただろほどの小声。
みっともねぇなと思ったのとそれから、
間違いなく自分への反応だったのが照れ臭かったのかも知れずで、

 「で? 何の用だ、糞アイドル。」
 「はいはい。」

余計なおしゃべりも無しと言いたげな急かしようへ逆らわず、
抱えて来た用件とやらを告げ始めて。

「庄司監督がね、栗田くんも同伴だってんなら、
 ライン同士の合同ガチンコ特訓とやら、受けてたってもいいって。」

ただ、今いる顔触れなら意義もあるけれど、
それが恒例化してはどうかとも思うのでってことで、

 「監督からは是、でも、学校寄りの部長サイドは難色示しててね。」
 「ほほお…。」

話の途中から、再び歩み始めた蛭魔であり、
桜庭もまた自然とそれへ続く。
特にセナやモン太へ聞かせちゃ不味い話じゃなかろうにと、

 「???」

絆創膏の張られた鼻頭を擦るモン太へは、
いやまあ、蛭魔さんて忙しいから、どっかへ行く用事もあったのかもと、
何故だか誤魔化すのがセナだったりする、
妙な間柄なところも相変わらずだったりし。
今度は妙に焦っているセナへと“???”となりかけたモン太だったが、

 「……お。」

頭上の梢がさわさわっと揺れたほどの風が来て、
頬やら前髪やらをくすぐったのは、
間違いなくの秋の風。

 「うおぉ〜、気ん持ちいい♪」
 「ホントだねvv」

これは助かると空を仰いだことで、
微妙な空気まで吹き払われたらしく、

「よ〜し、今日はT沢とW辺とへパトラッシュでしごいたる。」
「それ、もしかしてパス&ラッシュじゃあ?」

そうよそれそれと胸を張るレシーバーリーダーだが、
ウチのチームならではな呼び方をもう1つ捻ってどうすんだかと、
セナくんとしては苦笑が絶えなかったり。
足の速い先輩二人は、もはや声さえ届かぬほど遠ざかっていて、
何かしらしきりと話しかけているらしい桜庭の様子に、

 『暑いのが平気でもね、
  さすがにくっつかれるのは鬱陶しいらしくてさ。』

手さえ握らせてくれないから、
僕にとってもこの夏は災難だったなぁと臆面もなく言ってのけ、
後輩(セナ)の前で何をバカなこと言ってんだと、
叩かれてたばっかなのにねぇと、妙な場面を思い出す。
意外や蛭魔が案外とシャイな性分で、
たとえ事情を知る顔しかいない場でも、
二人きりではない場でのそういう話題はご法度ならしく。
進と自分しかいなくても恥ずかしいのかなぁと、
そんな風に思った事さえ思い出したものの、

 “手をつなぐくらいなら、というか。”

そっか、ボクにすればそれさえドキドキすることだけど、
手さえ…なんて言い方だったってことは、

 “あのあの…えっと。/////////”

もっといちゃいちゃと甘えたいのに、それはダメなんだよねなんて、
そんな話を仕掛かってた桜庭だったということで。
今になって真意が判って慌てているような、
そんなおトボケた後輩さんのポケットで、
携帯電話がかすかに唸った。
何だろ誰だろと取り出せば、

 “…………あ。///////”

人様のことは言えない。
まだ中身を見てもないのに、
モン太には見せらんないよぉと ついついわたついてしまった、
誰か様からのメールの着信であり。


  手をつなぐことさえ疎まれた暑さもそろそろ立ち去り、
  明日にも涼やかな秋風が本格的に吹きますことでしょうと、
  お天気レポーターのお姉さんが言ってたそうで。
  男らしい大きな手をした、
  それは愛しい人のお名前を見ただけで、
  茹でたみたいに真っ赤になったその頬も。
  するするさわさわ冷ましてくれる、
  本格的な秋がやっと訪のいそうな、西風一迅……。





  〜Fine〜  10.09.23.


  *あ、しまった、肝心な進さんが出て来てないじゃんという、
   久し振りの“進セナ”が、
   そうとは思えぬ出来になってしまってすいません。
   ええはい、ウチの進さんはメールも打てるようになりました。
   きっと、親指じゃなく人差し指でのワンフィンガーです。
   ああでも、その方が力はかかりそうなので、
   Gショック携帯でも太刀打ち出来ないかも知れません。
   i−Padなんて とんでもない世界でしょうよ。

   「液晶画面に線が入ったままなのだが」
   「……進、
    悪いことは言わないから、このタイプはやめときな。」

   何を触らせてもその時点で強度実験。
(おいおい)


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